☆東京披露宴前日~キセキ~☆
ついに、明日です![]()
これからホテルへ向かいます![]()
今の今まで、DVDの構成箇所を受けていたりして、
編集してました![]()
でも、全部、間に合いました![]()
はぁ、私って、本当についています![]()
さぁ、プロフブック&クリスマスカード24名分手書き&
プラカード・・・
そして・・・
花嫁の手紙も清書完了です![]()
今日は、ゆっくりねれるぅ~・・・![]()
久しぶりすぎる・・・(嬉)。
そして、奇跡です![]()
一昨日の天気予報まで、明日の天気
雨でしたが、晴れに変わりました![]()
そして、今日も、東京は快晴です![]()
奇跡です。
本当に・・・。
これも、みんなが、応援してくれたおかげ![]()
ありがとうぅ~~~![]()
最後になりましたが・・・
明日の花嫁の手紙・・・
読む練習したけれど、
絶対、泣く宣言・・・。
コレ、泣かないで読むとは、私にはできません・・・。
みんな、応援ありがとう![]()
それでは、行ってきます![]()
≪花嫁の手紙より~≫
お父さん お母さん
今までお世話なりました
私は、何でも私の意見を尊重してもらいながら
過保護なまでに大切に育てていただいたおかげで
とても自由に 人生の一瞬一瞬を悔いなく
31年間を過ごすことができました
こんなにやりたいことをすべて聞いてもらって
過ごしてこれる子供はいないんじゃないかと
思うくらい、恵まれた教育だったと思います
お父さん、単身赴任期間が長くて、幼少期からの
ともに過ごせた時間がすごく少なく、気がつけば、
私は大人になっていました。
大人になったとき、ようやくともに過ごし始めても
どうしても話すことが見つからず、
ちゃんと感謝の言葉も述べず、今まで来てしまいました。
でも、知っています。
私が4年前スノーボードで、右手を骨折したとき、
陰で、ずっと、心配してくれていたのを。
あの時、お父さんが私を思ってくれている気持ち、
ずっとわかっていました。
そのお礼を言いたくて、私は家族旅行をプレゼントしたくて、
でも、その時にはお父さんの体調が悪くなってしまって。
沖縄の挙式も両親へ旅行のプレゼントのはずでした。
結果、旅行のプレゼントはかなわなかったけれど、
これからは、今までのお礼を私が返す番です。
だからずっと、元気でいてください。
お母さん、私の人生最大の応援団長だと思っています
お父さんと同じく、骨折したときに、病院で「この骨折は
治らないかもしれない」言われて、泣き崩れた私をみて、
陰で、いっぱい相談窓口に電話をかけて聞きまわって、
整形外科でなんとかこの骨折を治してくれる名医はいないかと
探し回ってくれていたこと、知っています。
自分で勝手に骨折してきた私に、お母さんは一回も
叱ることなく、「まだ若い娘の手を何とか戻してほしい」って
先生に取り合ってくれて、本当に嬉しかった。
おかげで、全く後遺症も残らず、私の手は元に戻りました。
そして、沖縄で挙式をしたいと言ったとき、
自分たちはいけないけれど、私達がやりたいと思うこと、
絶対後悔しないように挙げてきなさいと、
背中を押してくれたのはお母さんです。
その言葉がなかったら、沖縄には行けなかった。
私達は、この披露宴が両親へ向けての最大のお礼の
場として、頑張ってきました。
入籍して4か月がたちました、私は
元気に暮らしています。
それも、○○さんが一緒に家事もしてくれるし、
何でも一緒にやってくれるからです。
これからは、私達二人が両家の両親の最大の
応援団長です。
今までありがとうございました。
そして、これからも、ずっと、よろしくお願いします。
2009.11.21 真理子










































































































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